高齢者の住まいにおける認知症の方のための安全対策:特有のリスクと改修事例、費用目安
はじめに:認知症のある親御さんの住まいを安全にするために
離れて暮らす親御さんが、もし認知症の診断を受けられたり、それに伴うと思われる行動の変化が見られたりする場合、住環境における安全への配慮は喫緊の課題となることがあります。一般的な加齢に伴う身体機能の変化に加え、認知機能の変化は住まいに潜むリスクを一層高める可能性があるためです。予期せぬ事故を防ぎ、親御さんだけでなくご家族も安心して過ごせる環境を整えることは、何よりも大切です。
この記事では、認知症のある高齢者の住まいに特有のリスクとその具体的な安全対策、リフォームや改修の事例、おおよその費用感について解説します。建築やリフォームの知識をお持ちの方々が、高齢者の住まいの安全性確保、特に認知症の方への配慮という専門的な視点を加える一助となれば幸いです。
認知症に伴う住まいの特有リスク
認知症の症状は様々ですが、住まいにおける安全性を考える上で特に注意したい特有のリスクがいくつかあります。
- 場所や状況の認識困難:自宅の中でも迷う、部屋の使い方が分からなくなる、屋外と屋内の区別がつかずに無断で外出するなど。
- 危険認識の低下:火の消し忘れ、水道の閉め忘れ、鋭利な物を無造目に扱う、高いところから物を落とす、誤飲するなど、危険な状況を認識できなくなる。
- 判断力や実行機能の低下:複雑な家電操作ができない、適切な手順で行動できない、不適切な場所に物をしまう(隠す)など。
- 不安や焦燥感、混乱:落ち着きなく歩き回る(徘徊)、理由なく戸締りを繰り返す、探し物をして家中をひっくり返すなど、感情や心理状態の変化が行動に影響する。
- 睡眠リズムの変化:夜間に活動的になり、暗い中を移動したり、物音を立てたりする。
これらの変化は、単に身体機能が低下するのとは異なる種類の危険を引き起こす可能性があります。
具体的な安全対策、改修事例と費用目安
認知症に伴う特有のリスクに対応するためには、通常の高齢者住宅改修に加え、いくつかの特別な配慮が必要になります。以下に、主なリスクと対策、具体的な事例と費用目安を示します。
1. 徘徊・無断外出リスクへの対策
場所の認識困難や不安感から、自宅から無断で外出してしまうことがあります。これは事故や行方不明につながる非常に危険な行動です。
- 対策の方向性:外出を完全に阻止するのではなく、安全な範囲での移動を促したり、危険な外出を防いだりするための工夫が必要です。
- 改修事例と費用目安:
- 玄関ドアへの補助錠設置:サムターン回し防止など、通常の鍵に加え、ご家族だけが開閉できる補助錠を設置します。
- 費用目安:簡易的なものなら数千円~1万円程度。防犯性の高いものや、内側から簡単に開けられないタイプは1万円~5万円程度。DIY可能なものもありますが、確実な設置には専門業者への依頼が望ましい場合があります。
- 窓からの転落・外出防止:窓に開閉制限ストッパーや、内側から開けにくい補助錠を取り付けます。また、ベランダへの勝手な出入りを防ぐための工夫も有効です。
- 費用目安:ストッパーや補助錠は1箇所あたり数千円~1万円程度。簡易的なものならDIYも可能ですが、落下防止を兼ねる場合は専門業者による確実な施工が必要です。
- 徘徊感知センサーの設置:玄関などに設置し、親御さんが通過すると離れたご家族に通知が届くシステムです。
- 費用目安:簡易的な人感センサーなら数千円程度から。通信機能を持ち、スマートフォンに通知できるようなシステムは数万円~数十万円、レンタルサービスもあります。設置工事が必要な場合は別途費用がかかります。
- 視覚的な工夫:ドアの色を壁と区別しにくくする、特定の場所に「止まれ」のような表示を出すなど、視覚的に外出を抑制する試みもあります。
- 費用目安:DIYで可能な範囲(塗装、シート貼り、表示板設置)であれば数千円以下。
- 玄関ドアへの補助錠設置:サムターン回し防止など、通常の鍵に加え、ご家族だけが開閉できる補助錠を設置します。
2. 危険認識低下・判断力低下リスクへの対策
火元、刃物、浴室での転倒や温度管理など、日常生活に潜む危険を認識できなくなることがあります。また、間違った使い方をしたり、危険な場所に物を隠したりすることもあります。
- 対策の方向性:危険な場所にアクセスしにくくする、安全な代替手段を導入する、危険物を安全に管理する、環境をシンプルにするなど。
- 改修事例と費用目安:
- キッチンの安全化:ガスコンロをIHクッキングヒーターに交換する、自動消火機能付きコンロを導入する、刃物やマッチ・ライターを施錠できる引き出しに保管するなど。
- 費用目安:IHクッキングヒーターへの交換は10万円~30万円程度(コンロ本体+工事費)。自動消火機能付きガスコンロは本体価格が数万円~10万円以上。施錠機能付き収納の後付けは数千円~数万円。コンロ交換は専門業者に依頼が必要です。
- 浴室の安全化:熱いお湯を出す蛇口にカバーを付ける、温度調整が簡単な自動お湯張り機能付き給湯器にする、滑りにくい床材への変更、浴槽内や洗い場に手すりを設置する、転倒しにくいバスチェアや浴槽台を設置するなど。
- 費用目安:蛇口カバーは数百円程度。給湯器交換は20万円~50万円程度。滑りにくいシートやマットは数千円。浴室全体のリフォームで床材を変える場合は数十万円以上。手すり設置は1箇所数万円~10万円程度(壁の下地の状況による)。簡易的な福祉用具は数千円~数万円。給湯器交換や本格的な床材変更、手すり設置は専門業者に依頼が必要です。
- 危険物の安全管理:薬、洗剤、殺虫剤、工具など、誤飲や怪我につながる可能性のあるものを、施錠できる収納や手の届かない高い場所へ移動します。
- 費用目安:施錠できる収納家具の購入費(数千円~数万円)や、簡易的なチャイルドロックなどの設置費(数百円~数千円)。DIYで対応可能です。
- 環境のシンプル化:部屋の物を減らし、動線を確保する。不要な家具を撤去し、つまずきの原因となるものを取り除く。探し物による混乱を減らすために、物の定位置を決める。
- 費用目安:家具の移動や配置換えはDIYで可能。不用品の撤去には別途費用がかかる場合があります(数万円~)。
- キッチンの安全化:ガスコンロをIHクッキングヒーターに交換する、自動消火機能付きコンロを導入する、刃物やマッチ・ライターを施錠できる引き出しに保管するなど。
3. 不安・混乱への対策と落ち着ける環境づくり
見慣れない環境や変化、あるいは理由のない不安から、落ち着きなく動き回ったり、確認行為を繰り返したりすることがあります。
- 対策の方向性:安心できる空間を作る、見通しを良くする、視覚的なノイズを減らす、定位置を明確にするなど。
- 改修事例と費用目安:
- 落ち着ける色彩・照明:壁紙やカーテンを落ち着いた色にする。照明は明るすぎず、影ができにくい、暖色系のものを選ぶ。夜間も真っ暗にならないよう、足元灯などを設置する。
- 費用目安:壁紙の張り替えは部屋の広さや選ぶ素材によりますが、数万円~数十万円。照明器具の交換は数千円~数万円。人感センサー付きフットライトは数千円~1万円程度。壁紙張り替えは専門業者、照明器具交換はDIYまたは電気工事士。フットライトはDIY可能なものが多いです。
- 見通しの良いレイアウト:部屋の角に物が積み上がらないようにする、廊下に物を置かないなど、見通しを良くすることで不安感を軽減し、つまづき防止にもつながります。
- 費用目安:主に家具の配置換えや整理整頓で、DIYで対応可能です。
- 落ち着ける色彩・照明:壁紙やカーテンを落ち着いた色にする。照明は明るすぎず、影ができにくい、暖色系のものを選ぶ。夜間も真っ暗にならないよう、足元灯などを設置する。
4. 夜間対策
睡眠リズムの変化により、夜間に起きて活動することがあります。暗い中での移動は転倒リスクが非常に高いです。
- 対策の方向性:安全に移動できる経路を確保する、夜間でも場所が分かりやすいようにする。
- 改修事例と費用目安:
- 安全な経路の確保:寝室からトイレまでの廊下や通路に、人感センサー付きの足元灯や、常夜灯になる照明を設置します。
- 費用目安:人感センサー付き足元灯は数千円~1万円程度。壁に埋め込むタイプは電気工事が必要な場合があり、数万円~。DIYで設置できるコンセント式や電池式のものもあります。
- 手すりの設置:夜間だけでなく、日中の安全な移動のためにも、廊下、階段、トイレ、浴室など、必要な場所に手すりを設置します。認知症によりバランス感覚や筋力が低下している場合も有効です。
- 費用目安:1箇所数万円~10万円程度(壁の下地の状況や長さによる)。専門業者への依頼が必要です。
- 安全な経路の確保:寝室からトイレまでの廊下や通路に、人感センサー付きの足元灯や、常夜灯になる照明を設置します。
これらの事例はあくまで一例であり、親御さんの症状の進行度や住まいの構造によって必要な対策は異なります。複数の対策を組み合わせることも一般的です。
安全確認のポイント:認知症のある方の住まいチェックリストの視点
住まいの安全性を確認する際は、単に段差や滑りやすさを見るだけでなく、認知症の症状に合わせた視点を持つことが重要です。チェックリストを作成するなら、以下のような項目を含めると良いでしょう。
- 玄関・勝手口・窓:無断で開閉できない工夫はされているか。鍵のかけ忘れを防ぐ工夫はされているか。
- キッチン:火元や刃物に容易にアクセスできないようになっているか。コンロの消し忘れ対策はされているか。
- 浴室・トイレ:お湯の温度調整は安全にできるか。滑りにくい工夫、転倒防止のための手すりなどは十分か。鍵をかけた際に内側から開けられなくなる構造ではないか(緊急時対応)。
- 寝室:夜間でも足元が安全か。探し物で混乱しないよう整理されているか。
- 廊下・階段:つまづく物は置かれていないか。手すりは適切か。夜間照明は十分か。
- 収納:危険な物や大切な物が、安全な場所に管理されているか。物を隠してしまう可能性のある場所は把握できているか。
- 家具配置:動線を妨げていないか。角などで衝突する危険はないか。窓やベランダへの乗り越えにつながる家具の配置になっていないか。
- 電気・ガス・水道:スイッチや蛇口の操作は適切にできるか、または安全装置が付いているか。
- 部屋の雰囲気:落ち着ける色合いか。過度に刺激的な物や、混乱を招くような物は置かれていないか。
これらのポイントを場所別、あるいは親御さんの日々の行動パターンに沿って確認することで、具体的なリスクを把握し、優先すべき対策を見つける手がかりになります。
地域のリソースと専門家との連携
高齢者の住宅改修、特に認知症の方への対応は、専門的な知識と経験が必要です。ご自身で全て判断せず、地域の専門機関や専門家の意見を参考にすることをお勧めします。
- 自治体の支援制度:多くの自治体では、高齢者の住宅改修に対する助成制度を設けています。要介護認定の状況や改修内容によって利用できる場合がありますので、お住まいの自治体の窓口(高齢者福祉課など)に問い合わせてみてください。
- 地域包括支援センター:高齢者の生活を支える地域の拠点です。介護保険サービスの相談だけでなく、住宅改修に関する情報提供や、適切な窓口への案内をしてくれます。
- ケアマネジャー:介護サービスを利用されている場合は、担当のケアマネジャーに相談できます。親御さんの状況を把握しているため、必要な改修について具体的なアドバイスを得やすいです。
- 専門家:福祉住環境コーディネーター、高齢者住宅に詳しい建築士やリフォーム業者、作業療法士などが専門的な視点から住環境のアドバイスや改修計画を提案できます。
ご家族だけで抱え込まず、これらのリソースを活用し、専門家と連携しながら進めることが、安全かつ効果的な住まいづくりにつながります。
まとめ:焦らず、段階的に、そして専門家と共に
認知症のある親御さんの住まいを安全にすることは、一朝一夕に全てを完璧にする必要はありません。まずはリスクの高い場所から優先的に対策を進め、親御さんの状態の変化に合わせて段階的に対応していくことが現実的です。
大切なのは、親御さんの安全を守りつつ、できる限りその方らしい生活を続けられるような環境を整えることです。そのためには、ご家族の視点に加え、高齢者の住環境や認知症に詳しい専門家の知見が非常に役立ちます。
この記事が、離れて暮らす親御さんの住まいの安全について考え、具体的な行動を起こすための一助となれば幸いです。