親御さんの家の「盲点」に潜む危険:専門家が見落とさない安全対策と費用目安
はじめに
離れて暮らす親御さんの住まいの安全は、常に心に留めておきたい大切な事柄です。特に、親御さんの加齢に伴う身体機能の変化は、これまで当たり前だった住環境に思わぬ危険を生じさせることがあります。急な怪我などをきっかけに、住宅の安全対策の必要性を痛感される方も少なくありません。
建築やリフォームに関する基本的な知識をお持ちの方であっても、高齢者の身体機能や行動特性に特化した安全対策については、専門的な視点が必要となる場合があります。本記事では、普段は見落とされがちな「盲点」となりうる危険箇所に焦点を当て、専門家が見落とさないチェックポイントや具体的な対策、改修事例とその費用目安について解説します。親御さんの安全で安心な暮らしを支えるための一助となれば幸いです。
高齢者の住まいの「盲点」とは
高齢になると、視力、平衡感覚、筋力、反応速度、そして認知機能など、様々な身体機能が徐々に変化します。これにより、若い頃には気にならなかったような些細な段差や滑りやすさが、重大な転倒事故に繋がりかねません。また、物の認識や危険予知能力の変化によって、特定の場所や状況がリスクを高めることがあります。
住まいの「盲点」とは、こうした高齢者特有の身体機能の変化によって危険になりうる場所のうち、普段の生活では意識しにくい、あるいは「これくらいなら大丈夫」と見過ごしてしまいがちな箇所を指します。専門家は、こうした潜在的なリスクを見抜くために、高齢者の動作や生活習慣、身体特性を踏まえた細やかな視点で住まいを診断します。
見落とされがちな危険箇所とその具体的な対策
ここでは、特に見落としがちな危険箇所とその対策をいくつかご紹介します。
1. 床周りの小さな罠
- リスク: 敷居、小さな段差、玄関や浴室の上がり框だけでなく、ラグマットの端のめくれ、電気コードの散乱、家具の足元、床材の軽微な傷み(ささくれや浮き)なども、つまずきや転倒の原因となります。光沢のある床材は、影や反射によって段差や障害物が見えにくくなることがあります。
- 対策:
- 敷居や小さな段差には、勾配の緩やかなスロープを設置するか、段差を埋める改修を行います。
- ラグマットは滑り止め加工のあるものを選び、端がめくれないようしっかり固定します。
- 電気コードはモールでカバーするか、家具の裏などに整理して露出を減らします。
- 床材の傷みは早期に補修します。
- 光沢の強い床材の場合は、滑り止めワックスの塗布や、必要に応じて滑りにくい床材への張り替えを検討します。
2. 壁・家具周りの衝突リスク
- リスク: 通路に突き出た家具の角、壁のスイッチやインターホン、ドアノブなど、移動中や方向転換する際に身体をぶつけやすい箇所があります。特に廊下や玄関などの狭い空間ではリスクが高まります。
- 対策:
- 家具の配置を見直し、十分な通路幅を確保します。動線の邪魔になる家具は移動または撤去を検討します。
- 危険な角にはクッション性のあるコーナーガードを取り付けます。
- 壁に設置された機器類(インターホン、スイッチなど)やドアノブがぶつかりやすい位置にある場合は、目立つ色のテープを貼るなど視覚的な注意喚起を行うことも有効です。
3. 照明の死角とコンセントの位置
- リスク: 部屋全体が明るくても、廊下の曲がり角、階段の踊り場、玄関の足元、トイレの出入り口など、特定の場所に照明の「死角」ができることがあります。こうした暗い場所では、段差や障害物が見えにくく危険です。また、低い位置にあるコンセントを使用するための前かがみ動作や、延長コードの使用もリスクとなります。
- 対策:
- 死角となる場所に補助的な照明器具(ブラケットライト、フットライト、人感センサー付きライトなど)を設置します。
- 夜間の移動に備え、寝室からトイレまでの通路などに足元灯や人感センサーライトを設置します。
- コンセントの位置が不便な場合は、高さのある位置への移設や、コードを安全に隠すモールを設置します。
4. 収納の使いにくさと危険
- リスク: 高すぎる吊戸棚や、床に直置きされた物、かがまないと出し入れできない低い引き出しなどは、物の落下やバランスを崩して転倒するリスクがあります。また、引き出しが勢いよく飛び出す、戸棚の扉が急に閉まるといったことも危険となり得ます。
- 対策:
- よく使う物は、腰から目の高さの範囲に収納できるよう配置を見直します。
- 踏み台の使用が必要な高所収納は、使用頻度の低い物のみを収納し、安全な踏み台を用意します。
- 引き出しにはストッパーを取り付け、扉にはゆっくり閉まるソフトクローズ機能の後付けや、プッシュオープン式の扉への交換を検討します。
- 床置きの物は整理し、通路を確保します。
5. 浴室・トイレの細部
- リスク: 浴室内のシャンプーボトルや石鹸置きの位置、トイレのペーパーホルダーの位置など、日常的に手を伸ばしたり身体をひねったりする場所に適切な位置に手すりがない、あるいは物が散乱していると、バランスを崩しやすくなります。また、鏡の曇りやすさも視界を妨げる要因となります。
- 対策:
- シャンプーなどを置く場所を手の届きやすい位置に工夫します。
- トイレットペーパーホルダーやタオル掛けの近くに、身体を支えられるよう縦型・横型の手すりの設置を検討します。
- 浴室の鏡には曇り止め加工を施すか、曇りにくい鏡への交換を検討します。
改修事例と費用目安
上記の「盲点」対策に関連する具体的な改修事例と、おおまかな費用目安を以下に示します。費用は工事内容、使用する部材、住宅の状況、依頼する業者によって大きく変動しますので、あくまで目安としてご参照ください。
-
事例1:床の小さな段差解消
- 内容:玄関の上がり框や部屋間の敷居の段差に固定式のスロープを設置、または段差をなだらかにすりつける工事
- 費用目安:数万円〜15万円程度(箇所や工事規模による)
- DIY可能な範囲:簡易的な置き型スロープや、ラグマットの下に敷く滑り止めシートの設置はDIYで行えます。
-
事例2:廊下や通路の照明改善
- 内容:人感センサー付きのLEDダウンライトや足元灯の設置、既存照明器具の交換
- 費用目安:1箇所あたり1万円〜5万円程度(器具の種類や設置場所による)
- DIY可能な範囲:コンセントに差し込むタイプの足元灯や、電池式のセンサーライトはDIYで設置できます。配線を伴う照明工事は専門業者に依頼が必要です。
-
事例3:トイレ内手すりの追加
- 内容:立ち座りを補助するための縦手すり、または横手すりの設置
- 費用目安:1箇所あたり3万円〜8万円程度(手すりの種類、下地の有無による)
- DIY可能な範囲:壁の構造(下地)を確認せずに手すりを設置すると、転倒時に外れる危険があります。専門業者に依頼することをお勧めします。
-
事例4:浴室内の細かな安全対策
- 内容:シャワーチェアの設置、滑り止めマットの敷設、必要に応じた追加手すりの設置(シャワー位置や浴槽横など)、曇りにくい鏡への交換
- 費用目安:数千円(マット、チェア)〜数十万円(追加手すり設置、鏡交換含む場合)
- DIY可能な範囲:滑り止めマットを敷く、シャワーチェアを置くなどはDIY可能です。手すりの設置は専門業者に依頼が必要です。
これらの改修の多くは、介護保険や自治体の高齢者住宅改修助成制度の対象となる場合があります。
親御さんの家 安全確認のポイント(「盲点」チェックリストの視点)
親御さんの住まいの安全性を確認する際は、以下のような視点で「盲点」となりうる場所をチェックしてみてください。
- 時間帯別の視点: 特に夜間、照明を点けていない状態での移動経路に危険な場所はありませんか?朝起きてすぐ、あるいは夜間にトイレに行く際の動線をたどってみてください。
- 動作別の視点:
- 椅子から立ち上がる、座る際に掴むものが近くにありますか?
- 物を取ろうと手を伸ばしたり、かがんだりする際にバランスを崩しそうな場所はありませんか?
- 扉の開け閉め、引き出しの出し入れはスムーズに行えていますか?
- 電気のスイッチのオンオフ、コンセントの抜き差しは無理なく行えていますか?
- 場所別の視点(特に見落としがちな箇所):
- 廊下や部屋の隅、家具の裏などに電気コードや物が散乱していませんか?
- 玄関の内外アプローチに、見えにくい小さな段差や滑りやすい場所はありませんか?
- 階段の昇り始めや降り終わりに、足元が見えにくい場所はありませんか?
- 浴室やトイレで、石鹸やシャンプーを置く場所が適切で、身体を支える場所はありますか?
- 収納棚の高い場所や低い場所、扉の開閉は安全に行えますか?
- 庭やベランダに、つまずきやすいものや、危険な傾斜はありませんか?
- 「いつものこと」に潜む危険: 毎日通る場所、毎日行う動作だからこそ、慣れで見落としがちな危険があります。新鮮な目で、一つ一つの場所や動作を意識して確認することが大切です。
可能であれば、親御さんと一緒に家の中を歩きながら、日頃「ヒヤリ」とした場所や、少し使いにくいと感じる場所を教えてもらうのも良いでしょう。
地域のリソースを活用する
高齢者の住まい改修については、お住まいの市区町村で助成制度を設けている場合があります。また、地域の包括支援センターや社会福祉協議会、あるいは福祉住環境コーディネーターの資格を持つ専門家などに相談することで、親御さんの状況に合わせた具体的なアドバイスや、利用できる制度の情報が得られることがあります。
建築やリフォーム業者を選ぶ際には、高齢者向け改修の実績が豊富で、丁寧な説明や提案をしてくれる信頼できる業者を選ぶことが重要です。複数の業者から見積もりを取り、内容を比較検討することをお勧めします。
まとめ
離れて暮らす親御さんの住まいの安全を考える上で、日常に見慣れた空間に潜む「盲点」に気づくことは非常に重要です。加齢による身体機能の変化を踏まえ、専門家のような視点で細部まで注意を払うことで、転倒や怪我のリスクを大幅に減らすことが可能です。
本記事でご紹介した危険箇所や対策、チェックの視点が、親御さんの安全な住まいづくりを考えるきっかけとなれば幸いです。すぐに全ての対策を行うことが難しくても、まずはリスクの高い場所から優先的に対処することをお勧めします。地域の支援制度や専門家の力を借りながら、一歩ずつ安全で安心な住環境を整えていくことが、親御さんの自立した生活を長く支えることに繋がります。